キーマンインタビュー

Antiquorum Auctioneers

時計修理師　新田大介さん

精密な修理で蘇らせる古き良き技術と想い出

修理師として11年、現在は香港のオークションハウスに勤める新田さんが、時計の魅力と時計修理に対する熱意を語ってくれた。

時計を通じて人と人が繋がる

　大学では物理専攻でしたが、正直何をしたいのかよく分からない時期でした。以前から職人には憧れていましたし、当時は機械時計に深い興味を持っていました。機械時計は修理し、メンテナンスをきちんとすれば100年も200年も使えます。そういう物、世の中にはなかなかないですよね。そこで大学を休学し、時計修理の専門学校に通いました。3年間の課程を修了し、都内の時計屋で研修したのですが、全くといっていいほど仕事ができませんでした。最初の課題は、社長からポンと渡された懐中時計。色々なところが壊れていて、修理するのに4カ月かかりました。専門学校で勉強しても、ただスタートラインに立っただけなのだと思い知らされました。正式に入社してからは休まず修理に明け暮れ、３年目には自分の思い通りに手が動くようになりました。
　時計修理は、「壊れたものが元通りに戻る」という喜びはもちろんですが、時計を預かるときにお客様に教えてもらうストーリーに心を打たれます。以前、形見の時計の修理を依頼されたことがあります。遺品整理で出てきた古い時計を見て家族が切なくなり、もう一度動くところを見たいとお願いされました。時計はただの物ではありません。使う人の気持ちがこもっています。時計修理を通して、人と人とが繋がるというのはとても素敵なことだと思います。
　
アンティーク時計の世界

　現在香港のオークションハウスで出品される時計のチェックや落札品の整備などを行っています。オークションシーズン（毎年2月、6月、10月）は週に300個ほどの時計と向かい合います。アンティーク時計の技術性にはたびたび驚かされます。例えば、1800年代のイギリス製の時計は、現在に比べて製作設備、素材が明らかに劣っているのに、それを技術力でカバーして、高品質な時計に仕上げられています。
　新しい時計とは違い、アンティーク時計は部品が入手できないケースがほとんどです。そういう場合は、修理師がパーツを製作します。前の社長に、時計修理はとにかく「考えろ！」と教えられました。時計自体は難しい造りではないのですが、同じ場所を修理する方法は幾つもあります。選択肢すべてを考慮し、その中から最善を選ぶのが修理師の仕事の醍醐味であり、挑戦でもあります。
　
「壊さない」職人の心得

　時計修理師として、一番大切にしている原則は「時計を壊さない」ことです。時計が壊れる原因は大きく3つあります。水分によるパーツの錆、落下の衝撃による歪み、そして、可笑しいと思うかもしれませんが修理師の間違った修理です。水分や落下は、所有者が注意することで回避できますが、一番怖いのは修理師の無意識なミスです。本人が修理しているつもりでも、方向性を間違えると結果的により悪い状態にしてしまいます。特に、アンティーク時計の場合は、ひとつしかないものもありますので、失敗したら取り返しがつきません。「本当に正しいのか、修理の過程でリスクはないか」、何度も自分に問いかけながら進めています。
　現在の工房では、設備の問題で修理ができない場合もあります。新しい時計は、メーカーがメンテナンスや修理に対応してくれますが、アンティーク時計をしっかり修理してくれるところはなかなかありません。今後はどのような依頼にも応えられるようにしていきたいと考えています。