キーマンインタビュー

「基本」を大切に地道に 料理と向き合って40年

80年代から香港で日本料理を届け、60歳になってなお、お店の監修に精力的に取り組む料理人・鷲澤さんに和食に対する想いを伺った。

海外で届ける和食

　料理の道に入ったのは、高校を卒業してからのことです。一応大学進学を希望していましたが、希望校は不合格となってしまいました。他校への推薦のチャンスもあったのですが、「希望校でないのならいい」と決意したのを憶えています。その後、日本の料亭に勤めながら、和食について学びました。知り合いに誘われて香港へ来たのは、1982年8月10日のことです。実は、それ以前にも、「西ドイツ（当時）で働かないか？」というお話がありました。その件はお断りしたのですが、「海外でも和食の仕事ができる」ということを知り、どこかずっと興味を持っていたのでしょう、来港に大きな躊躇はありませんでした。
　日本の料亭で働いていた頃は、お客様と接する機会がありませんでした。しかし、香港ではカウンターに立ち、料理とおもてなしを両方こなす立場になりました。もともと人見知りな性質ですが、お客様が「美味しい！」と喜んでくれたり、常連客とだんだん仲良くなるのが楽しくて、料理を作る大きな原動力になりました。
　日本のカテゴリーが細分化された和食屋と違い、香港の和食屋は選択肢がとても多いです。寿司、天ぷら、鉄板焼き、刺身など一カ所で提供しているお店がほとんどです。なかなか挑戦的な環境で学ぶことも多いのですが、しっかり経験を積んでいないことはしないと決めました。例えば、日本では和食を全般的に学んできましたが、寿司づくりの経験はありません。それを、選択肢を増やすために見よう見まねだけでお客様に出すのはできません。これは、今でも守り続けている原則のひとつです。日本で学んできたことをしっかりお届けする、それが海外で和食を提供することではないかと信じています。

一番大切なのは基本を崩さないこと

　料理を作るということは、正直そんなにかっこいいものではありません。毎日同じことを繰り返しているだけです。決まったことを決めたようにやる、肝心は「基本を崩さない」ということではないかと考えます。人間として生きていくうえでの、基本を崩さないのと同じですね。
　和食といっても、一品ずつ、作り方も守るべき「基本」も違ってきます。それを一つひとつ学び、体が覚えるまで繰り返す。そうやって少しずつ上達していくのだと思います。

積み重ねからくる楽しさ

　40年料理の仕事をしてきましたが、本当に「楽しい」と思えてきたのは長い間仕事を続けてからです。正確には、どんどん料理が上手くなるとともに楽しくなっていきました。お客様に喜ばれるのももちろんですが、経験を積み新しいアイデアがどんどん浮ぶようになったのも楽しいです。
　お店に勤めていたときは、言われたとおりの料理を精一杯作りましたが、自分の店を持ってからは独自のアレンジを施したレシピも創りました。仕事中に新しい食材の組み合わせが浮かんできたり、香港人スタッフの思いがけないコメントが発想につながることもありました。今アドバイザーを務める「厨 Washizawa Kitchen」でも出している「自家製さつま揚げ」もその一つです。本場九州の味とはまた違うのかと思いますが、好評いただいています。
　今年で60歳になりました。これからは片意地張らず楽しくやって行きたいと思います。ずっと香港と日本しか知らなかったので、海外旅行でいろいろな場所を見ていきたいというのも今後の願いのひとつです。

PROFILE

わしざわ　みちひで

神奈川県横浜出身。和食一筋で40年以上。香港在住歴34年目に突入。香港の日本料理店勤務を経て独立、「鷲澤キッチン　道」をオープンする。2015年に閉店となるが、2016年年初に「厨 Washizawa Kitchen」を再開し、アドバイザーとして活躍中。

旬料理を届ける「厨 Washizawa Kitchen」

居心地よい空間は酒類も充実