東京・恵比寿や大阪・心斎橋をはじめとする日本各地の主要な流行発信地に店舗を構え、常に新しい提案を続けるヘアサロンDADA。徐家匯に上海1号店を出店後3年を経て、この11月、待望の2店舗目をオープンさせる。日中で計16店舗のサロンを展開するグループの総責任者でありながら、上海の現場にて直接陣頭指揮を執る竹村仁志オーナーを訪ね、中国進出の展望とその真意を探った。
早くて3年、通常なら5年。これが、ヘアサロンで一般的に必要とされる下積みの期間だといわれている。それをわずか1年でクリアし、弱冠20歳でスタイリストに昇進、当時の勤め先としては史上最年少で店長に就任するなど、竹村氏は若くして華々しいデビューを飾っている。業界では異例の若さである25歳で独立を果たし、その後独自のエクステンション技術で特許を取得、瞬く間に全国主要都市に店舗展開を実現する。時はカリスマ美容師ブームに沸き、竹村氏もテレビ番組にレギュラー出演していたという。やがて海外へ。こう書くと、DADAグループ全16店舗のオーナーである竹村氏の経歴は非常に華やかだ。一見するとタイミング良くブームに乗り、幸運な成功を収めてきたかのようにも映る。
しかし、竹村氏の成長ビジョンには、したたかな計算が垣間見える。大阪から出発し、東京進出や主要地方都市への出店、さらには上海への展開も、すべてある大きな目標あってのことだという。
「世界には、3つのタイプのファッションしかない。白人のファッションと黒人のファッション、そしてもう一つは黄色人種のファッションです。ヘアサロン業界でいえば、例えばヴィダル・サスーンが白人のスタンダードとして揺るぎないブランドを確立しています。しかし、彼らの方法は白い肌の人たちのためのものであって、黄色い肌と黒い髪を持つアジア人のためのものではない。人種が違えば肌が違うし、似合うヘアスタイルも違う。アジア人のことは同じアジア人しかわからないものです」
アジアンスタンダードはアジア人の手でしかできない日本人である竹村氏が欧米人のスタイリングに限界を感じているのと同様に、アジア人のためのスタイルを提案できるのはアジア人だけだという。「欧米のブランドは真の意味ではアジア市場に浸透できない。だからこそ自分が先駆者としてアジアンスタンダードを作りたい。例えば欧米がヴィダル・サスーンなら、アジアはDADAだというポジションを築きたいと思う」。そう、竹村氏が目指しているのは、単なるヘアサロンの多店舗展開ではなく、アジア人のスタンダードなスタイルを支える存在としての〝DADAブランド〞の確立なのだ。
アジアにおいては、日本、とりわけ東京が圧倒的にファッショントレンドをリードしている。だからこそ、まず竹村氏は日本の最激戦区である東京へと進出したのだという。「アジア全体で通用するブランドを作るためには、東京で実績を残すことが不可欠。それも感度の高い、ファッションに敏感な人たちが集まる場所でなくては意味がありません。他、日本の主要都市にはひと通り店を出せた。日本一とはいえないけれど、日本代表を名乗ってもいいんじゃないか、というくらいの自負はありますね」
上海では近年、日系サロンの進出が相次いでいるが、在留邦人を顧客ターゲットとしたところがほとんどだ。だが、そもそも竹村氏は目指す方向が他のサロンとは異なっている。もちろん、すでに日本では知名度のあるDADAのブランドを求めて来店する日本人客は少なくない。しかし、あくまで上海の店はアジア展開の足がかりであって、高感度な中国人のトレンドリーダーたちに認めてもらわなければ存在価値がないという観点は崩さない。
「この業界は、かつては欧米中心の価値観で回っていた。でも今は違う。日本のスタイルや技術はすでに世界トップレベルにある。それを求めてやってくる中国のお客様に、最新トレンドを提供したいんです」
進化する中国ファッションみずから上海で陣頭指揮を
竹村氏が上海1号店を出店したのが06年。試行錯誤はあったものの順調に客足を伸ばし、すでに顧客比率では中国人が日本人を大きく上回っている。さらなる飛躍のステップとして、この11月には2号店をオープンさせる。次なる場所は浦東のトレンドスポット・上海環球金融中心(SWFC)だ。「当然狙うは中国人市場。経験豊富な日本人スタイリストが常駐して、東京のトレンドを上海にお届けします」と竹村氏。「うちのスタイリストは、ただ日本人であるというだけではなく、日本の最新トレンドを熟知しているという点が他のサロンと異なるところだと思う。上海には日系サロンが数多くありますが、東京や大阪でも通用するレベルのスタイリストがどれだけいるのか正直疑問です。ただ日本人であるだけでは、このスピードの早い上海ではあっという間に置いて行かれます」
上海のトレンドは急速に日本に近づいてきていると竹村氏はいう。「初めて視察に来た4年前は、雑誌を見ても首を傾げたくなるようなスタイリングが多かった。でも今は違う。東京と遜色ないレベルに迫っていると思う。上海のファッションは急激に進歩していますよ」と現状分析する竹村氏。元々は上海の店舗に常駐するつもりはなかったのだという。だが、この春には家族を日本から呼び寄せ、オーナーとしてみずから腰を据えて中国マーケットを開拓していく体制にシフトした。「生半可なスタンスでは中国のスピードについていけない。東京のトレンドをいち早く伝えるためには、現役のスタイリストの技術を注ぎ込む必要がある」。オーナーの本気を察してか、日本の店舗からも上海行きを直訴するスタッフが増えてきたという。今後はSWFCの新店を旗艦店として、DADAのブランドを広めていくつもりだ。「今は日本のスタイルを伝えることに努めていますが、すぐに中国風スタイルが確立される日が来ます。それをいち早く発信するサロンでありたいですね」
竹村氏が見据えるその先には、やがてアジアンスタンダードが姿を現すはずだ。