海外駐在員にとって、任期中の子女教育は何より神経を使うテーマだろう。進学先が帰国後の進路を大きく左右するだけに、海外からの受験には当然慎重にならざるを得ない。他の大手予備校に先駆けてグローバル展開をかけ海外からのバックアップ体制を整える駿台上海校の福井英樹校舎長を訪ね、帰国生受験の現状について話をうかがった。
駿台海外校の歴史は1992年のシンガポール校開校にはじまる。設立の背景には、駿台予備校のO Bである現地の駐在員たちから、子女の帰国後の入試をバックアップする教育施設を強く望む声が集まったこともあるという。難関大学への豊富な合格実績を誇る「駿台予備校」で知られる駿台ブランドは、そこを通り過ぎてきた親たちに、長い時間を経たあとでも特別な信頼を残していた。「受験にとって、ゴールはあくまで大学入試。そこから逆算し、先々を考えたカリキュラムに則してお子さんの教育を考えたときに、駿台ブランドが求められたというわけではないでしょうか」。06年に英語講師として駿台上海校に赴任し、現在は校舎長を務める福井氏は、海外での駿台の成り立ちについてそう語る。
シンガポールをはじめ、現在駿台グループではマレーシア・ミシガン・香港・蘇州、そして上海に2校の計7校舎を海外に持つ。「帰国生」と呼ばれる、海外からの帰国子女の日本における入試サポートに対応するものだ。親の駐在により海外生活を送ることになった子どもたちが、日本の教育から離れてしまうことでのハンディキャップを背負わないように、教育レベルのギャップを埋めることを目的としている。
この上海校が開校した03年当初、日本人の教育意識はかなり低かったのだという。「日本の難関校を受験しようという生徒はまだほとんどいませんでした。受験にとって必須である情報が不足しており、学習環境が整っていなかったのでしょう」。駿台の開校以降、そのような状況は変わりつつあると福井氏はいう。「海外にいるとどうしても、外が見えない状況になってしまう。子どもが小さいうちは、勉強させるのはまだ先でいいだろうと思いがち。日本にいると、いつのまにか周囲の環境に引っ張られて進路決定に向けての準備を始めるものですが、情報が不足している海外では〝まだいいじゃないか〞のまま子どもが成長してしまいます。小学校高学年になってから親が意識をし始めても、すでに親では教えられないレベルになっている。そうなってから入試対策を始めても遅いんです」
瀬戸内の公立高校教師から海外の現場への転身瀬戸内海に浮かぶ島に育ち、広島県の大学を出た福井氏は、公立高校の教諭となって地元に戻ってきた。赴任先は自身の母校だ。そこで10年にわたり英語教師を務めてきた。指導を引き受けたバドミントン部ではインターハイ出場まで導くなど、教師としてのやりがいも感じてはいた。だが、この先異動もなく、一生地元にとどまって教鞭を執り続けることが果たして正しいのか、という疑問がふと湧いたのだという。「公務員という立場で、しかもひとつの学校しか知らない自分を顧みたときに、行き詰まりを感じたんですね。民間企業の厳しさを肌で知ることで、より幅広い教育の世界を見てみたいという思いに駆り立てられました」。そこで選んだのが、英語教育に定評があり、グローバルなビジョンで海外展開を図っている駿台だった。教育の現場に携わる以上、変わり続ける教育事情に敏感であり続けなければいけないという意識が、福井氏を海外へと引きずり出したのだろう。上海で2年の講師経験を経て、現在は現場の責任を預かる立場となった。
ネットにはない情報こそが受験の結果を左右する
OBたちから海外進出を望まれるほどの駿台のブランドを保つもの、それは同グループが持つ確かな「データ力」に基づいた指導体制に他ならない。帰国生にとって最大のハンディキャップは、情報不足による「不安」だ。「何かと不自由な海外で教育を受けた子どもたちが自信を持って受験できるようバックアップしてあげること、それが何より大切なことではないでしょうか」福井氏は進学塾の務めをそう捉えている。「帰国先が東京などの大都市であるとは限りません。たとえば、ある地方都市へ帰国が決まった場合、その地域の帰国生の学力データや実績を細かに分析してカウンセリングを行います。単に偏差値を上げるためだけに勉強を教えるのではなく、豊富なデータに沿ってどのような準備をすればいいのかをサポートするのが私たちの仕事なのです」
より質の高いデータを提供するために、福井氏は校舎長に就任後、これまでの記録を徹底的に整理することに力を注いだという。「教育の現場では、とかくサービスは属人的になりがちなものです。しかし、問い合せ窓口が変われば内容が変わるようではサービスとはいえません。誰が承っても同等の情報が提供できるように、記録を常にアップデートして共有できるようにしました。講師や担当者の質だけでなく、組織力の向上を心がけています」。とはいえ、サービス産業でもある進学塾、やはり最終的には「人」にかかってくる部分も大きい。「これだけ情報が発達している現代において、たいていのことはウェブ上で調べられると思いがちです。しかし、受験に本当に必要なデータは、ネットでは拾えない部分にあります。駿台のネットワークをもとにして、『実はこうなんですよ』という話をいかにしてあげられるか。これが信頼のカギとなる部分だと思っています」
公務員としての職を捨て、海外の現場に飛び出して4年。福井氏は少しずつ、手応えを感じてきているという。「受験のいいところは、戦う相手が自分自身であるということ。勝っても負けても恨みっこなしの純粋な勝負です。習い事やスポーツもいいですが、何より結果がはっきりする受験で勝利体験を味わうことで、海外から何かを持って帰ってもらえれば」それが福井氏の一番の願いだ。