修曼(上海)商務諮詢有限公司 董事長 齊藤憲治氏 執筆者 : 挑戦者の群像

就職難の今こそ、 日本への留学が 将来を拓くチャンス

中国から日本への個人観光旅行が始まり、 ますます両国の距離が縮まろうとしている。 これに期待を寄せるのは観光業界だけではない。 日本では多くの大学や専門学校が少子化による 学生数の減少で定員割れを起こしており、 中国人留学生の増加に期待が寄せられている。 そこで、上海で日本への留学や人材紹介を行う 「上海ヒューマングループ」の齊藤憲治総経理に 2つの国を結びつける想いについて話を聞いた。


徹底的な基礎の繰り返しでしか 身に付かないことがある

齊藤憲治(さいとう・けんじ)
修曼(上海)商務諮詢有限公司 
董事長


精密機械メーカーの営業、ジャズミュージシャン、リゾート会員権の販売、ビリヤードバー経営などを経て、1995年にヒューマンホールディングスに入社。2005年に上海修曼人才有限公司に赴任し、2 年後に一時帰国の後、07年5月より現職。趣味はゴルフで、自称シングルの腕前を持つ。

「これまで私はずっと営業をやってきまし た。あまり営業マンっぽく見えないかもし れませんが、昔からこんな感じでやってき たんです」

日本語教育、人材紹介、コンサルティン グの3法人で構成されている「上海ヒュー マン」の総責任者である齊藤氏はそう言っ て笑った。親会社は、日本で人材紹介や派 遣・社会人教育・介護などの事業を行う 「ヒューマンホールディングス」(以下、 ヒューマン)である。

ヒューマンは東京と大阪に日本語学校も 経営しており、現在、 41 の国と地域から来 た約800名の学生が学んでいる。さまざ まな国籍の学生が集まった国際的な雰囲気 の中で日本語を学べるのが特徴だという。

世界一の人口を抱える中国は当然重要市 場だという認識だ。1997年には天津に 「修曼天津同文渉外職業学校」を設立し、 早い時期から中国進出を果たしている。ま た、2003年には上海へ進出し、人材紹 介事業を皮切りに業務を開始した。当時、 齊藤氏は日本のヒューマンリソシア(人材 関連と教育事業部門)のトップで、上海の での業務開拓を円滑に進めるため、 04 年に 短期の予定で来海したという。

それまで出張経験はあったが、中国に駐 在するのは上海が初めて。そこで齊藤氏が まず始めたのが、中国語の学習だった。 「出社初日、日本語の上手な中国人の方が 人材登録に来ていた。とっさに『中国語を教 えてください』とお願いし、週3回、その 方から中国語を教わるようになりました」

齊藤氏は4か月間、この人のもとでひたすら発音練習を続けたという。 「私は長らく音楽をやっていたので、耳に は自信があった。外国語の学習も一番重要 なのは音ではないかと思ったんです」

こうして音から言語習得へのアプローチ を試みた齊藤氏だったが、何事も基礎の基 礎を徹底して反復することで、身に付いて いくものだという。

「楽器と同じ。つまらないことを地道にや り続けることでしかマスターできないこと があるんです」



会社の落ちこぼれだって 成長することができる

実は齊藤氏は、紆余曲折の仕事人生を歩んできた。大学卒業後、大手企業に就職したが、営業成績が伸びずに2年で退職。しばらくはプロのジャズトロンボーン奏者として生計を立てていた。その後再び営業の世界に戻ったのは、 30 歳の時だった。

「リゾートトラストという一部上場のリゾート開発会社に再就職しました。形のないモノを売るのが仕事。もともと営業がダメで辞めた人間が、簡単に売れる商品ではありませんでした」

その当時、齊藤氏は客先と話すことが非常に苦手だったという。それを克服するために始めたのが、会社の先輩のアドバイスによるロールプレイングでの訓練だった。「1年半の間、家族を相手に毎日特訓したものです。初対面の人に私という人物を気に入ってもらえないことには、会員権という目に見えない商品を理解していただくことなどできない。最初は苦労しましたが、毎日の練習のおかげで、その後は営業成績がぐんぐん伸びました」

こうして齊藤氏は、トップセールスマンに見事変身する。難易度の高い商品が、努力によって面白いように売れるようになったのだ。のちにここでの経験が買われ、ヒューマンに入社することになる。それから 15 年、齊藤氏は人材関連や社会人教育の現場に携わってきた。仕事で苦労と努力を重ねてきた齊藤氏にとって、まさにうってつけの仕事といえる。

「部下のことを『彼はダメだ』と人が言っているのをよく聞きますが、私はそういう見方はしない。まず、部下がやる気を起こすためにはどうしたらいいのかを考えなければ。私も以前は落ちこぼれでしたが、努力により成長した。人は変われるんです」



日中の教育現場を結ぶべく 自ら営業に奔走する日々

昨年5月、当時の福田内閣が出した「留学生 30 万人計画」。日本のグローバル戦略を展開する一環として、2020年を目処に 30 万人の留学生受け入れを目指すというこの計画は、それと同時に、少子化による大学入学者数の減少に歯止めをかけるという目的もある。齊藤氏は現在、日中の教育現場を結び付けようと尽力している。

「上海には海外への自費留学の仲介をすることを認められた会社が 13 社あります。日本への留学希望者を当社の日本語学校に送り出してもらえるよう、全社を回って交渉するのが私の仕事です」

だが、それらの仲介会社はすでに日本各地の日本語学校と長年提携しており、なかなか会ってくれないのだという。「急に当社の学校に学生を入れてくれと言われても、それは無理です。でも、それを変えていくのが営業の仕事。繰り返し訪問して、ようやく話を聞いてくれるようになればしめたもの。地道な交渉を重ね、今年 10 月に4社から 30 人を送り出すことが決まりました。しかし、まだまだこれから。今は端緒を開いたばかりです」

今年6月に中国の大学を卒業した学生の数は580万人。昨年からの就職浪人 100万人を加えた680万人のうち、 200万人以上が就職浪人になるという数字が出ている。来年はさらに大学卒業生の数が増え、今年以上に厳しい就職戦線になることが予想されている。「就職難の今、日本に留学すればよりチャンスが広がる。日本と中国に日本語学校と人材紹介会社がある当社なら、そのサポートができる。私もそれに貢献できればと心から思っています」




(左)授業風景。(中)「第 5回中国国際動漫遊戯博覧会」に出展。(右)上海ヒューマンの業務内容


Concierge上海 09年8月号掲載

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